2024/10/26
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私にとってのタパス(苦行) |
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ヨガ哲学の八支則の中のニヤマの教えに タパス(苦行)という言葉あります。 今でもインドではサドゥと呼ばれる修行僧がいて 何十年も右手をあげ生活をする人、 極寒の中で裸で生活をする人、 灼熱炎天下で瞑想を続ける人がいるそうです。 同じことを行いたいという意味ではなく、 サドゥから学びと感化させるものがあります。 そしてタパス(苦行)は 苦しいこと、我慢をしてまで 何かをやりとげることだけが タパスではありません。 ヨガでも苦しくなるほど 痛いのを我慢してまでアーサナ(ポーズ)を とるものではありません。 お釈迦様でさえも断食をし あばら骨が見えるほど痩せ細るまで 苦行を続けても悟りを拓くことができませんでした。 私にとってのタパスは アシュタンガヨガのプラクティスの中で 呼吸の入れ方、アーサナをどうとるかに向き合い (自分に対して責任を持ち遂行すこと) そして、そこから生まれたエネルギーで 毒素、不純なものを燃やしていくことです。 私は、内面的なタパスを行うことは 自分を大切にすることの一部のようにも感じています。 |
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